第58巻第1号3−23(2010)  特集「日本人の国民性調査研究—平成期の20年—」  [原著論文]

調査不能がある場合の標本調査におけるセミパラメトリック推定と感度分析:日本人の国民性調査データへの適用

名古屋大学大学院 星野 崇宏

要旨

社会調査や市場調査において,近年訪問調査などの従来型調査の回収率が低下してきており,調査不能による推定のバイアスが問題となっている.本論文では標本調査での調査不能を選択バイアスとして定式化し,既存の共変量調整法を利用する場合の問題点を指摘する.さらに共変量情報を十分に利用できない場合に,調査不能による推定のバイアスをどれくらい見積もれば良いかを議論するために有用であると考えられるモデルとして,「調査不能となるかどうか」にも回答値にも影響を与える隠れた共変量を潜在変数として仮定し,ディリクレ過程混合モデルによる表現を行うことで,セミパラメトリックに調査不能を調整するモデルを提案する.またこのモデルにおいて一部のパラメータを変化させることによって,「調査不能を考慮した上で,推定値にどの程度の信頼区間を考えるべきか」を考える感度分析を実施することができる.この手法を第12次日本人の国民性調査データに適用したところ,調査不能標本すべてが同一の回答を行うと仮定した場合には95%信頼区間の幅が最大50%となるのに対して,提案したモデルを用いることでせいぜい13%程度に抑えられることがわかった.

キーワード:ディリクレ過程混合モデル,傾向スコア,隠れた共変量,社会調査,共変量調整,選択バイアス.


第58巻第1号25−38(2010)  特集「日本人の国民性調査研究—平成期の20年—」  [研究ノート]

調査への指向性変数を用いた調査不能バイアスの二段補正
—「日本人の国民性 第12次全国調査」への適用—

統計数理研究所 土屋 隆裕

要旨

「日本人の国民性 第12次全国調査」の回収率は51.6%となり,過去最低を記録した.国民性調査では各回答選択肢の標本割合を母集団推定値としている.しかし回収率の低さゆえ,項目によっては調査不能によるバイアスは小さくないと考えられる.本稿ではウェイトの調整を行うことで,調査不能バイアスの軽減を試みた.調査不能の二大理由は不在と拒否である.そこでウェイトのキャリブレーションを各不能理由に応じた二段階で行うこととした.このときウェイト調整の補助変数としては,人口統計学的な属性変数だけでなく,調査に対する態度を表す変数(調査への指向性変数と呼ぶ)も用いることを提案した.ウェイトを調整した推定値は,属性変数だけを用いて調整を行った場合よりも,指向性変数も用いて調整を行った場合の方が,標本割合との差が大きく,10ポイント近い差を見せるカテゴリもあった.母集団における真の割合が未知である以上,本稿で提案したウェイト調整法によって不能バイアスが消滅したとは断じ得ない.しかしこれまでに徐々に明らかになってきた調査不能者の特徴に鑑みて,得られた推定値は少なくとも標本割合に比べればより妥当なものと考えられた.

キーワード:調査不能,不在,拒否,キャリブレーション,調査への指向性変数.


第58巻第1号39−59(2010)  特集「日本人の国民性調査研究—平成期の20年—」  [研究ノート]

現代日本人にとっての信仰の有無と宗教的な心
—日本人の国民性調査と国際比較調査から—

東洋英和女学院大学 林 文

要旨

本稿では,まず,「日本人の国民性調査」の質問領域から,宗教に関する質問項目について,第1次(1953年)から第12次(2008年)調査で用いられてきた経緯と,それらの回答の時代変化をたどった.また,国際比較調査の結果とあわせることによって,信仰の有無と宗教的な心を大切と思うかを組み合わせた中に,日本における宗教についての考え方の特徴が見出されることを確認した.この組み合わせの視点に立って,宗教に関する「日本人の国民性調査」の他の質問項目について,回答の特徴を時代変化とともに概観した.特に‘「あの世」はあると思うか’は若い年齢層のほうが「ある」と回答する割合が高く,若い世代で宗教的な心は大切だと思う考え方は大きく減少していても,何らかの宗教に関する気持ちを排除してはいないという示唆を得た.

また,数量化III類の分析を行い,信仰の有無と宗教的な心は大切と思うかを組み合わせた回答を,日本人の意識構造の全体の中に位置づけて把握した.さらに,宗教に関する質問の回答は年齢との関係が強いため,各質問項目の回答それぞれについて年齢の影響を除いた調整割合を計算して比較検討した.信仰があることは社会・生活上ポジティブな考え方の中にあり,宗教的な心は大切とする考え方もこれに大変近いこと,宗教的な心は大切でないとする考えは,社会に対してネガティブな考えと結び付いていることが示された.

以上の分析を通して,現代日本社会における信仰や宗教的な心の意味を考察した.

キーワード:信仰の有無,宗教的な心,意識構造,七か国国際比較調査,東アジア価値観調査,環太平洋価値観調査.


第58巻第1号61−82(2010)  特集「日本人の国民性調査研究—平成期の20年—」  [招待論文]

統計的日本人研究雑感
—ある国民性調査係の36年の思い出—

統計数理研究所/一橋大学大学院 坂元 慶行

要旨

筆者は,1971年から2007年までの36年間,統計数理研究所に在籍し,「日本人の国民性調査」をはじめ,いろいろな社会調査に携わり,統計的日本人研究を行ってきた.本稿は,一調査係員のいわば業務日誌,あるいは業務記録をまとめたものである.すなわち,本稿は,統計的日本人研究の3つの目的(統計的日本人論,社会調査法の研究,統計解析法の研究)に関して,この在職期間に調査の現場でどのような問題に出会い,どう対処したかについて,できるだけ時代順に,研究の背景,動機,経緯等,周辺の事情等を含めて述べたものである.主な研究の内容は,統計的日本人研究に関しては,20世紀後半期以降の日本人の意識動向の概括と2,3の断章,社会調査法に関しては,統計調査環境悪化の諸問題と対策,統計解析法に関しては,実用的な統計学の構築をめざして,統計モデルと情報量規準によるその評価という立場から提唱した情報量統計学等である.

キーワード:日本人の国民性調査,価値観,継続調査,社会調査法,情報量規準,情報量統計学.


第58巻第1号113−126(2010)    [原著論文]

隣接空間制約による林分団地化最適パターンの探求

統計数理研究所 吉本 敦
東北大学大学院 木島 真志
広島大学大学院 柳原 宏和

要旨

森林所有者の多くが1 ha 程度の小規模林家である我が国では,現在の木材価格の低迷に対応すべく低コスト林業の達成に向けた取り組みの一つとして,所有者の異なる林分の空間的な集約,すなわち団地化が勧められている.しかしながら,対象とする森林全体に対する団地化の最適パターンの探求については,未だ方法論の提示がされていないのが現状である.本稿では,80年代後半にアメリカを中心に取り組まれてきた隣接林分の同時期伐採を規制した隣接空間制約最適化問題を応用することにより,団地化最適パターンの探求問題を定式化し,解の探求が可能になることを示す.林分の団地化には個々の林分の空間的な隣接情報が必要となるが,地理情報システム(GIS)を用いた隣接リスト(Adjacency List)の生成により対応する.また,定式化においては,まず団地化されるパターン(林分群)の形成に対し新たにハイパーユニットという概念を定義し,次に候補となるハイパーユニットの選択問題を単純な隣接空間制約最適化問題に置き換え,林分団地化最適パターンの探求を行う.

キーワード:0-1整数計画法,空間配置分析,森林ランドスケープ管理,林分団地化.


第58巻第1号127−130(2010)    [研究ノート]

射影推定量についての一注意

統計数理研究所 西山 陽一

要旨

$ [-\pi, \pi ] $ 上の密度に対する射影推定量の $ L_2 $ リスクの漸近限界の主要定数(leading constant)が真の密度に依存せず $ 1/\pi $ と陽に与えられるという注意を与える.この意味において,射影推定量にはカーネル推定量にないメリットがある.

キーワード:密度推定,$L_2$ リスク,正規直交系.


第58巻第1号131−135(2010)    [研究ノート]

平滑化 Nelson-Aalen 推定量の一様収束率

統計数理研究所 西山 陽一

要旨

計数過程の積強度モデルにおいて,Ramlau-Hansen(1983, Ann. Statist.)は危険関数に対する平滑化 Nelson-Aalen 推定量の一様一致性を証明した.我々はこの結果を拡張し,一様一致性の収束率が$ o_{P}(n^{-1/2}b_n^{-1})$であることを証明する.ただし $ b_n $ はバンド幅である.証明には Nishiyama(2000a, Ann. Probab.)による$\ell^\infty$-空間値マルチンゲールの弱収束理論を用いる.

キーワード:カーネル推定量,平滑化,Nelson-Aalen 推定量,一様一致性.