第57巻第1号3−16(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [原著論文]

実現ボラティリティの漸近分布について

大阪大学 深澤 正彰

要旨

計量ファイナンスで近年注目を浴びてきた実現ボラティリティと呼ばれる統計量に関して,その高頻度観測極限における一次漸近分布を特にサンプリング時刻が確率構造を持つ場合を念頭に解析する.一般化された中心極限定理を証明し,いくつかのサンプリングスキームについて漸近分布を陽に求める.

キーワード:高頻度データ,ボラティリティ,安定収束.


第57巻第1号17−38(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [研究ノート]

実現多重指数変動に基づく第二特性量行列の推定

九州大学大学院 増田 弘毅

要旨

高頻度離散時点で観測される確率過程に対して定義される実現多重指数変動(realized multipower variation,MPV)は,古典的な実現二次変動の一つの拡張に相当する.本稿ではジャンプを持つ多次元セミマルチンゲールのある部分族を対象とし,MPVによる第二特性量行列,特にその非対角成分の一次推定を考える.まずMPVの漸近挙動に関する先行研究を概観し,次にMPVを介して定義される一致推定量に関する安定型中心極限定理を定式化する.帰結として,1次元の場合の先行研究と同様に第二特性量行列の推定の信頼領域の直接的な構成が可能となる.

キーワード:安定型中心極限定理,有限個のジャンプを持つ多次元セミマルチンゲール,実現多重指数変動,第二特性量行列の推定.


第57巻第1号39−65(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [総合報告]

高頻度データと時間変更

慶應義塾大学大学院 林 高樹

要旨

確率論における重要な技法である時間変更は,収益率の非正規性や,ボラティリティのクラスタリングや確率的変動,価格のジャンプ,取引間隔の非等間隔性など,金融証券価格の時系列データに特有な現象を表現可能な柔軟なモデリングの技法でもある.本稿では,近年研究の盛んな高頻度データ分析における,時間変更を利用したモデリング事例を紹介する.

キーワード:高頻度データ,時間変更,セミマルチンゲール,ビジネス時間.


第57巻第1号67−81(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [研究詳解]

小さな拡散過程のドリフトパラメータの推定

大阪大学大学院 内田 雅之

要旨

微小拡散パラメータ$\varepsilon$をもつ1次元拡散過程のドリフトパラメータの推定を考える.最初に連続観測の下での最尤推定量について概観し,その後,時点$k/n, k=0, 1, \ldots, n$で観測された離散データに対して,推移密度関数の局所正規近似(オイラー・丸山近似)に基づくコントラスト関数を構成し,それから得られる最大コントラスト推定量が$\varepsilon \rightarrow 0$ かつ $n \rightarrow \infty$,さらに$(\varepsilon n)^{-1}=o(1)$の下,漸近有効であることを解説する.次に,拡散過程の生成作用素における固有方程式を満たす固有関数と固有値を用いてマルチンゲール推定関数を導出し,それから得られる$M$-推定量の$\varepsilon \rightarrow 0$ かつ $n \rightarrow \infty$の下での漸近的性質について考察する.しかしながら,一般に固有関数と固有値に基づいたマルチンゲール推定関数を明示的に導出することはできない.そこで,推定関数の適用範囲を拡張するために,近似マルチンゲール推定関数を構成し,それから導出される$M$-推定量の$\varepsilon \rightarrow 0$ かつ $n \rightarrow \infty$の下での漸近的性質について述べる.

キーワード:微小拡散過程,離散観測,マルチンゲール推定関数,漸近有効性,固有関数.


第57巻第1号83−95(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [研究ノート]

拡散過程のノンパラメトリック適合度検定

統計数理研究所 西山 陽一

要旨

独立同一分布に従う確率変数列に対する適合度検定問題を考えるとき,Kolmogorov-Smirnov 検定統計量が漸近的に分布不変であることはよく知られている.ところが,拡散過程モデルにおいて,例えばエルゴード性を仮定してその不変分布の経験分布関数から Kolmogorov-Smirnov 型の検定統計量を構成しても,漸近的分布不変にはならない.本稿では,この問題に対し,score marked empirical process に基づく新しいアプローチを用いて漸近的分布不変な検定統計量を構成し,かつそれが一致性をもつことを紹介する.モデルとしては小拡散過程とエルゴード的拡散過程を扱い,また連続観測・離散観測の双方を考察するので,合計4通りの場合を調べ尽くす.同時期に提案された Dachian and Kutoyants(2008)の結果にも触れる.

キーワード:拡散過程,適合度検定,漸近的分布不変,Donsker の不変原理,マルチンゲール,確率場.


第57巻第1号97−118(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [研究詳解]

飛躍型確率過程に対する離散観測による閾値推定法

大阪大学大学院 清水 泰隆

要旨

ある飛躍型確率微分方程式の解として定まる連続時間型の確率過程を,時間に関して離散的に観測するモデルを考える.モデルに含まれる未知母数やその解から定まる汎関数を離散観測から推定することは,応用上多くの場面で遭遇する現実的で重要な問題である.このような離散観測モデルに対する統計推測理論の発展には近年目覚しいものがあるが,中でもある閾値に基づいて飛躍の有無を判別しながら推定量を構成する閾値推定法は,直感的理解が容易であり,その柔軟性と漸近的性質の良さという点でも利便性の高い手法である.本稿ではこの閾値推定のさまざまな応用法について,難解な証明には立ち入らず,直感的で平易な解説を試みる.最後に実用上の問題点と今後の課題について触れる.

キーワード:飛躍型確率過程,離散観測,閾値推定法,漸近推測論,閾値選択.


第57巻第1号119−138(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [総合報告]

生存時間解析におけるセミパラメトリック推測とその周辺

久留米大学 服部 聡

要旨

加法ハザードモデル,比例オッズモデル,加速モデルなど,比例ハザード性を満たさないセミパラメトリックモデルに対する様々な推測法が,近年提案されてきた.Cox比例ハザードモデルで用いられる部分尤度最大化は,これらのモデルには有効に働かないが,多くのモデルに対してマルチンゲール推定方程式の立場から,推測法が統一的に構成可能である.また,マルチンゲール残差に基づいて統一的に回帰診断を行うことができる.本論文では,これらの方法を中心として,生存時間解析におけるセミパラメトリック推測および関連する話題についての最近の進展を概観する.

キーワード:Cox比例ハザードモデル,加速モデル,加法ハザードモデル,経験過程,線形変換モデル,マルチンゲール.


第57巻第1号139−158(2009)  特集「確率過程の統計解析」  [総合報告]

感染症の家庭内伝播の確率モデル:人工的な実験環境

Theoretical Epidemiology, University of Utrecht 西浦 博

要旨

感染症の流行について,分岐過程や出生死亡過程および空間構造を持つコンタクトプロセスなどを代表として,これまでに様々な確率過程を基礎にした疫学モデルが提案されてきた.統計学的推定を動機に疫学的な観察データを分析するとき,流行メカニズムを定量的に明らかにするためには,利用するモデルが伝播の異質性(複数の異なる接触パターン・様式などによって感染現象が起こること)を確実に捉えていることが望ましい.最も重要な異質性の1つとして家庭内伝播(household transmission)が挙げられる.家庭内は家族構成員の全てが濃厚な接触を経験する人工的な実験環境と考えられ,その観察記録は数多くの推定問題を解決するために有用な自然感染データとして利用されてきた.本稿は家庭内伝播に関する確率モデルについて,各モデルの応用とデータの見方を議論しながら,重要な疫学的想定と伝播機構の考え方を解説する.特に,家庭内の最終規模を利用した家庭内2次発症割合の推定手法と家庭間再生産数に基づく流行閾値の基礎理論について議論を展開する.これまでに複数の異なるモデルが提案されてきたが,いずれを利用する場合も対象とする感染症と流行データがモデルの想定を十分に満たすことを評価する作業が欠かせない.

キーワード:感染症,確率過程,疫学,流行,家庭内伝播,モデル.


第57巻第1号159−178(2009)    [原著論文]

変形バケットソートに現れる離散型確率分布とEulerian数

城西大学 土屋 高宏
札幌学院大学 中村 永友

要旨

バケットソートを変形したソーティング・アルゴリズムに現れる離散型確率分布を導出した.このソーティングの過程で,ある規則性を持つ数が現れる.その数に関係する場合の数を漸化式で表現し,確率分布を与えた.また,確率分布の導出の際に現れる漸化式はEulerian数と呼ばれる数列を構成するが,導出過程においてEulerian数との間に微妙な差異があることを示した.さらに数値実験によりこれを確認した.確率分布についてモーメントなどの基本統計量を求め,正規分布との比較,確率分布近似の精密化を行った.さらに,求めた確率分布と連続型一様分布との関係について言及した.本研究がEulerian数を導出する新たな例となることを示した.

キーワード:Eulerian分布,一様分布,キュムラント,漸近展開,正規分布.


第57巻第1号179−193(2009)    [研究詳解]

地震活動のクラスタリングおよび除群化の統計モデル

統計数理研究所 庄 建倉

要旨

本稿では地震クラスタのモデリングと除群化に関連する手法に関して解説する.地震の群は ETAS(Epidemic-Type Aftershocks Sequence)モデルによってうまく説明される.このモデルでは個々の地震は,それが他の地震と関係なく起きたもの(常時地震)であれ,あるいはそれ以前の地震によって誘発されたもの(誘発地震)であれ,ある種の確率的法則にしたがって未来の地震を誘発すると考える.確率的除群化法はこのモデルの加法的特性を利用して開発された手法である.この方法を用いることにより,カタログに掲載された個々の地震が常時活動のものであるのか,あるいは以前生起した特定の地震により引き起こされたものであるのかを確率的に識別することが可能である.推定されたこれらの確率により地震の群や常時地震活動に関係する性質の仮説を検証することができる.

キーワード:地震,ETASモデル,クラスタリング,除群化,二次残差解析.