第52巻第2号263−273(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [総合報告]

持続的社会へ向かう指標

放送大学/前国際連合大学副学長/東京大学名誉教授 鈴木基之

要旨

人間活動の増大に伴い,有限な資源・環境容量のもとでどのような持続的な社会像を描いていくのかは現在の最大の課題である.一方において南北問題といわれる先進工業化諸国と開発途上国との間の格差を如何に考えていくことが必要なのか,我々の直面している問題は複雑多様となっている.このような社会像をどのように理解し,どのような方向へ向かう道筋を考えるべきなのかに関しては,種々の現象を定量的な要因として把握し,その統計的な処理によって意味のある指標へと結び付けていく必要がある.本稿においては持続的な社会を目指すうえで,どのようなことが国際的に検討されているのか,その概要を示すことによって,統計科学の研究者が意味のある寄与をして頂くことを喚起することを期待するものである.

キーワード:持続可能性,持続的社会,持続性指標,真正進歩指標,環境,ミレニアム目標.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号275−279(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [総合報告]

環境科学への取り組みに対する期待

統計数理研究所 北川源四郎

要旨

情報化社会の進展に伴って,大量データからの知識発見と予測が重要な課題となっている.一方,グローバル化は社会の不確実性を増大させ,リスクの適切な評価に基づく判断が重要になっている.これらの問題解決のためには,統計的モデリングが不可欠であり,ここに統計科学の現代的な役割がある.このように統計科学の役割がますます重要化する一方,複雑化し巨大化する現実の問題は,統計科学の方法の新たな展開の契機となった.本稿では,環境科学への取り組みにおいて,統計科学が貢献できることと,統計科学の発展の契機となりうることの両側面から考えてみる.

キーワード:大量データ,予測,知識発見,不確実性,リスクの管理,統計的モデリング.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号281−295(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [総合報告]

環境省における環境統計情報の概要について

環境省 瀬川恵子

要旨

本稿では,環境省が収集し,一般に提供している環境統計情報について,環境保全施策の実施における位置づけを述べるとともに,主要な統計情報について紹介し,今後望まれる取扱や解析に関する方向性について概説した.環境省がとりまとめる環境統計情報については,これまで媒体別のモニタリングデータが主であったが,環境問題自体の複雑化や,解析のための多様なデータの必要性を踏まえ,包括的な環境統計情報の発行が進められている.また,環境の状況データの代表例である大気及び水質等の媒体ごとの環境の状況データ(モニタリングデータ)や,自然環境の状況データについては,電子情報化を進めるとともに,GIS情報としての提供が検討されている.さらに,企業等の環境保全に関する意識の向上に伴い,企業全体及び個別の事業場から排出される環境汚染物質についての統計情報も得られつつあり,今後,これらの統計解析が新たな環境保全施策の立案につながることが期待されている.また,ダイオキシン類底質環境基準の設定において試行された統計手法についても紹介した.

キーワード:環境統計,測定結果,排出負荷量,温室効果ガス,ダイオキシン類,GIS.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号297−307(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [原著論文]

道路近傍ツツジ葉中の多環芳香族炭化水素類の濃度分布

岡山大学 山本高士
岡山大学 関口幹周
岡山大学 小野芳朗

要旨

自動車排気ガスの構成成分中には発癌性の疑いがある多環芳香族炭化水素類(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons:以下PAHs)が含まれる.そこで,ツツジ葉を沿道大気モニタリングの対象生物試料として利用し,岡山市内沿道におけるツツジ葉に含まれるPAHsの分布を統計的に評価することを目的とした.沿道13ポイントのツツジ葉を9月から12月の4ヶ月間に渡って採取し,葉中PAHs含有量をGC/MSにより定量した.ツツジ葉PAHs含有量とその生育地点の交通量との間には相関性が認められ,葉中PAHs含有量はその生育地点の交通量に比例すると推察された.また,成分別では自動車排気ガス由来と考えられるPhenantherene,Fluoranthene,Pyreneの含有量が多く,交通量とも相関性が認められた.よって,ツツジ葉のPAHs汚染が自動車由来とするものと示唆された.さらに,ツツジ葉中PAHs成分のプロファイルをクラスター分析法を用いて分類した結果,プロファイルによる分類は交通量による分類と対応していると考えられ,ツツジ葉中PAHsのプロファイルは交通量の多寡に関係すると推察された.

キーワード:道路環境,多環芳香族炭化水素類,クラスター分析.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号309−327(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [研究ノート]

道路塵埃中の多環芳香族炭化水素類と環境因子の関連
――データの標準化を中心として――

岡山大学 栗原考次
岡山大学 小野芳朗

要旨

本研究では,近年も増加傾向にある自動車交通量及びそれに伴う排気ガスに付着する有害物質(PAH)と環境因子との関連について考察した.対象として,自動車等の交通機関から汚染を受けている岡山県下7カ所の道路上堆積物を取り上げ,交通量やディーゼル車の交通量の変化に伴う,塵埃量や塵埃に付着し道路上に堆積するPAHの変化を調べた.対象とする道路は領域データであり,領域内での降水量や紫外線量に対する,正確なデータの入手は困難である.そこで,降水量はTiesen分割法を用いて,紫外線量は全国4カ所の1ヶ月の紫外線全量を用いて緯度及び季節を補正し,1日ごとの推定値を算出した.回収土量及びPAH については,各ステーションで区間面積が異なり,さらに堆積する期間も一定ではないので,データの標準化を行った.解析では,線形モデルを用いてPAHに対する降水量(降水による路面への流出),紫外線量(紫外線によるPAHの分解)など環境因子とPAHの量の関連を検討した.さらに,得られたデータが少ないため,似た構造をもつ道路群を検出し,群内での降水量,紫外線量を説明変数とした目的変数PAHのモデルを構築し,定量的に環境因子の影響を把握した.

キーワード:道路上堆積物,環境汚染物,多環芳香族炭化水素類,環境因子,紫外線量,重回帰分析.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号329−342(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [原著論文]

キノンプロファイルとPCR-DGGEを併用した汚染修復細菌の特定と微生物群集の挙動解析

豊橋技術科学大学/現 熊本県立大学 國弘忠生
山梨大学大学院 藤田昌史
清華大学 胡 洪営
豊橋技術科学大学 藤江幸一

要旨

混合培養系において化学物質の分解に関与する微生物を特定するために,キノンプロファイル法とPCR-DGGE法(PCR-denaturing gradient gel electrophoresis)から得られる微生物の時系列的な数値データとそのときの化学物質の除去速度とを統合し,統計学的に解析する手法を開発した.キノン種については,それぞれの存在比率を求めた.DGGEバンドについては,それぞれの濃淡をバンド強度率として定量した.これらは,キノン総量や総バンド強度に対する比率であることから,除去速度は総微生物量あたりの速度とした.それぞれの時系列データは次元が異なることから,標準化を行った.そして,すべての組み合わせのユークリッド距離を求め,Ward法によるクラスター解析を行った.比除去速度付近に位置するバイオマーカーは,分解に関与する微生物のものである可能性がある.この手法を用い生物的に難分解なジメチルホルムアミド(DMF)を含有する廃水の浸漬濾床処理過程におけるDMF分解微生物の追跡を行った.その結果,メチルアミンの分解能を有するAminomonas aminovorus,これまでにDMF分解能に関する報告がされていないBacteriovorax stolpii が本装置内においてDMFの分解に関与している可能性が示された.これにより統計学的に分解菌を特定する本手法の有用性が確かめられた.

キーワード:クラスター解析,ジメチルホルムアミド,浸漬濾床装置,キノンプロファイル,微生物群集構造,DGGE.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号343−352(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [研究ノート]

クラスター分析によるキノンプロファイルデータのスクリーニング

東京女子医科大学附属膠原病リウマチ痛風センター 中村好宏
清華大学 胡 洪営
豊橋技術科学大学 藤江幸一
統計数理研究所/総合研究大学院大学 馬場康維

要旨

活性汚泥内の微生物群集構造を特定する方法として,培養法によらないキノンプロファイル法が注目されている.活性汚泥は細菌類や菌類を主な構成生物とし,原生動物や後生生物を従属生物群とした複合生物群であり,廃水処理系の浄化作用の中心的役割を果たしている.キノンは活性汚泥内の微生物により生成される化学物質で,キノン分子種の数,種類とその存在比,すなわちキノンプロファイルの変化はとりもなおさず,微生物群集構造の変化に対応している.したがって,キノンプロファイルの観察は活性汚泥内の微生物の構成を推定することにつながり,廃水処理系において微生物が分解する汚染物質の特定さらには,水質の評価に結びつくものとなる.胡らは,活性汚泥内のキノンプロファイルを用いて汚泥内に存在するキノンの多様性の特徴づけを行っている.本稿では,この研究で用いられたデータを,キノンプロファイルの季節性という観点から見直し,クラスタリングを行うことにより,先行研究とは異なる視点からデータの質の吟味を試みた結果を報告する.

キーワード:活性汚泥,キノンプロファイル,季節変化,等質性に基づくクラスタリング.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号353−365(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [原著論文]

2標本t 検定に基づくAmes変異原性試験結果の陽性・陰性の判定

鹿児島大学 高梨啓和

要旨

代表的な変異原性試験であるAmes変異原性試験に着目し,水道水中に含まれている変異原性物質を対象としてサルモネラ菌TA100株を用いて試験した結果の統計的解析を行った.すなわち,Ames変異原性試験結果が正規分布に従うと見なせることを確認した上で,2標本間の差の検出力が強い2標本t 検定を用い,2人の実験者が行った合計100回のAmes変異原性試験で得られた合計10702点の測定データに対して著者等が提案した方法を適用し,検出限界を求めた.その結果,世界的に広く利用されている経験則である2倍則と本研究で求めた検出限界とは一致せず,本研究で求めた検出限界の方が低かった.サンプルの試験結果とブランク試験の結果との比(MR値という)を用いて検出限界値を表した場合,2倍則ではMR値が2以上の時に陽性と判断しているが,本研究では有意水準95%でMR値が1.7以上で陽性と判断できた.また,ブランク試験に用いるプレートの枚数(標本数)を2枚増やすことにより,検出限界をMR値で1.4にすることができ,Ames変異原性試験を簡易に高感度化できることを明らかにした.

キーワード:2標本t 検定,変異原性試験,Ames試験,TA100株,環境サンプル.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号367−380(2004)  特集「環境科学と統計科学の融合に向けて」  [原著論文]

測定の最小の刻み幅を考慮した一般化負の超幾何分布モデル

広島大学大学院 岩瀬晃盛
統計数理研究所/総合研究大学院大学 金藤浩司
広島大学大学院 岡田光正

要旨

観測精度が無限に高い状況に対応する母集団分布として想定される連続分布においては,この連続分布に収束する離散分布は一つとは限らない.例えば従来は直感的に逆ガウス型分布が母集団分布として想定されてデータ解析がなされていた現象においても,データの記述の観点から本来は母集団分布としては離散分布が想定される場合がある.この場合,想定される離散分布としては一般化されたポアソン分布や一般化された負の超幾何分布がその候補となり得る.本稿では,離散分布である一般化された負の超幾何分布を新たに提案した.さらに,その分布から連続分布である一般化されたベータ分布及び一般化されたべき逆ガウス型分布も新たに導出した.

キーワード:一般化されたベータ分布,一般化されたべき逆ガウス型分布,検出下限,変動係数.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号381−391(2004)  [研究ノート]

グリッド環境に適した遺伝的アルゴリズムによる最適化

統計数理研究所 染谷博司

要旨

近年,最適化手法としての遺伝的アルゴリズム(GA)の有効性が報告されている.しかし,GAは多大な計算量を必要とする.本稿では,GAの計算資源としての計算グリッド環境に着目し,計算グリッド環境へのGAの適用について述べる.まず,GAが考慮すべきグリッドの特徴を述べ,グリッド環境に適したGAおよびその設計について考察した.また,遠隔地間を接続するグリッド環境でのGAの実装例および最適化問題への応用例を示し,その有効性を確認した.

キーワード:遺伝的アルゴリズム,グリッド,分散計算,並列計算,最適化.

全文pdf閲覧前画面に戻る


第52巻第2号393−405(2004)  [研究詳解]

情報幾何学に基づく確率伝搬法の解析

統計数理研究所 池田思朗
東京都立大学大学院 田中利幸
理化学研究所 甘利俊一

要旨

1980年代後半Pearlが提案した確率伝搬法は,大規模なグラフィカルモデルに対する確率推論のための計算手法である.同等の手法は統計物理学,統計学,誤り訂正符号の復号法などにも存在し,広く用いられている.確率伝搬法は木の構造のグラフに対してはグラフの大きさに比例した計算量で厳密解が得られる.しかしループを持つグラフに対しては繰り返し計算の収束性,および得られた結果の近似精度ともに理論的には十分理解されていなかった.一方で確率伝搬法は実用上有効な手法であり,その性質を理論的に明らかにすることは重要である.本研究では情報幾何学に基づく枠組みにより確率伝搬法を表現し,収束性や近似精度を議論する.

キーワード:確率伝搬法,情報幾何学,グラフィカルモデル.

全文pdf閲覧前画面に戻る