第48巻第1号3‐32(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [研究ノート]

日本人の考えはどう変わったか
――「日本人の国民性調査」の半世紀――

統計数理研究所 坂元慶行

要旨

統計数理研究所では,1953(昭和28)年から,5年おきに,ほぼ半世紀にわたって「日本人の国民性調査」を行い,1998(平成10)年9‐10月に第10次全国調査を実施した.ここでは,これらの国民性調査の結果を中心に,つぎの3つのテーマについて分析し,戦後の,そして20世紀後半の日本人の意識動向についてつぎのような指摘を行った.

  1. 1953年から1970年代までの意識動向:(1)政治,社会,生活目標などに関する意見は大きく変わったが,身近な人間関係観に関する質問には大きな変化の見られないものが多かった.(2)伝統的な意見が時代の経過とともに支持を減らしていったが,1970年代半ばの第1次石油危機直後頃に,多くの質問で,この動きが反転する伝統回帰的現象が見られ,日本人の意識動向の基軸に変質した部分があることが示唆された.
  2. 1970年代以降の意識動向:(1)家族志向が強まり,(2)女性人気が一層高まり,(3)自然志向が強くなる等の変化が見られた.なお,今回の1998(平成10)年の調査では,不況の影響を受けてか,(4)日本の現状評価や将来の見通しが落ち込んだ.
  3. 変わらない国民性,変わる国民性:国民性調査で変化の少ない項目の双璧であった宗教意識と人間関係観にも,近年,ゆらぎが見られるようになった.

以上の戦後の意識動向を貫く基調の一つは,私生活を優先する価値観の顕在化である.人間関係の希薄化もその帰結の一つだが,その結果,頼れるものが他になくなったから,家族志向がまた一層強まらざるを得なかったとも考えられる.

キーワード:日本人の国民性調査,国民性,意識調査,継続調査,価値観,人間関係観.


第48巻第1号33‐66(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [招待論文]

これからの国民性研究
――人間研究の立場と地域研究・国際比較研究から
計量的文明論の構築へ――

統計数理研究所 名誉教授 林知己夫

要旨

これからの国民性研究は,時系列による方法はもとより,国際比較を視野に入れたものになることが望ましいと考える.これらの方法論の開発は,データをとり分析しつつ考えるということになるが,一つの統計的手法で事が解決するのではなく,研究戦略を中心に据え,方法論のハード・ソフト両面にわたって考究される必要がある.方法論の進展とデータによる情報発信が相携えて進むことが研究の発展に繋るものと言うことが出来る.

国民性研究は,日本人の国民性を中心に研究を進め45年以上を経過した.こうした時系列的にデータをとり分析を行ってみると,変わらないもの,変わったもの,変わったものはその変わり方を捉えることが出来た.しかし,国内の研究であっても色々な方法論的問題を乗り越えねばならなかった.そうした上で意見や意見構造の不変・変化を見出すことが出来た.しかし昭和40年頃から外から日本をみようとすることが考えられた.こうすることによって日本の特色を見出そうという発想がその根底にあった.こうして国際比較の問題を取扱うことになると克服すべき方法論上の問題のみならず,国民性の根本的な問題を深く考察することが必要となった.データの国際比較分析をはじめる前に,この経緯を略述してみよう.

キーワード:国民性,国際比較,意識調査,計量的文明論,連鎖的比較調査分析法,データの科学.


第48巻第1号67‐76(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [招待論文]

日本人の国民性調査の周辺

統計数理研究所 名誉所員 西平重喜

要旨

日本人の国民性調査だけが今日まで脚光を浴びているけれど,この調査の前に統計数理研究所はいくつもの社会調査を行っていた.調査法の研究という意味では,それらの経験の総まとめとして国民性調査を実施したのである.ここで単なる思い出話をしようというのではない.むしろ最近の社会調査はルーチン・ワークとなり,世論調査のデータの集計と,それらに各種の分析方法を適用することにとどまる傾向があることを残念に思う.社会の現状を知るためには多角的な調査や検討が必要であり,当初はそのような努力をしてきた.その経験を伝えておきたいと考えたからである.

キーワード:日本人の国民性,世論調査,社会調査,国際比較調査.


第48巻第1号77‐92(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [招待論文]

変化してゆく日本文化:その要素と原因

University of Hawaii at Manoa 黒田安昌

要旨

20世紀後半の日本文化の変化を1953年から1998年迄の国民性調査結果を基に見て行くと,連合軍の占領政策と「吉田ドクトリン」は成功しているというのが結論である.日本文化は,民主化,個人の尊重,自由・平等観の変化,男女同権への歩み,男女関係の変化,経済発展・工業化からの意識変化,古来日本文化への復帰へと大きく変化した.それは,大きく分けると外圧と内圧の二つに分類される.初期の外圧には,連合軍の占領政策(平和・民主化)が大きく影響した.それに続いて起きた国際化の波は,冷戦,占領政策の修正,又冷戦の終了であった.日本の国際化は,外観の変化は見られるが,実質的に余り変わらない二重構造的になるのが伝統であろう.内圧は,経済発展に伴なう変化,環境に関する敏感性の発展,物質文化からの逃亡,日本文化原点への復帰である.有意義な変化が観察された21項目のうち,8項目が民主化,個人主義志向への変化,タテ社会観から平等への変化,7項目が男女同権に関する事項,5項目が経済発展に関する事項,自然と人間関係,環境,物質文明からのエスケープ,最後の1項目が伝統的日本文化への復帰に関する変化であった.本論文では表面的な結果に重点を置き,意識構造的変化に就いては触れていない.

キーワード:「山桜と羅生門論」,二重構造的国際化,自然と人間関係,民主主義,個人の尊重,男女平等.


第48巻第1号93‐119(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [原著論文]

質問項目のコウホート分析
――多項ロジット・コウホートモデル――

統計数理研究所 中村 隆

要旨

継続調査データから年齢・時代・コウホート効果を分離するコウホート分析において,択一多項選択法の質問項目を,個々の選択・肢ごとに分析するのではなく,全選択肢を同時に分析するベイズ型多項ロジット・コウホートモデルを提案した.モデルの記述,パラメータの推定法,赤池のベイズ型情報量規準(ABIC)の導出,モデル選択における注意点を述べ,選択肢数が2の場合に既存のベイズ型ロジット・コウホートモデルに一致することを示した.日本人の国民性調査のある質問項目について,個々の選択肢についてロジットモデルを適用した結果と,全選択肢を同時に扱う多項ロジットモデルを適用した結果を対比し,ベイズ型多項ロジット・コウホートモデルの必要性を示した.

キーワード:択一多項選択法,日本人の国民性調査,ベイズ型モデル,ABIC,宗教心は大切か.


第48巻第1号121‐145(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [研究ノート]

UNISCALによる「日本人の国民性調査」データの分析

統計数理研究所 土屋隆裕

要旨

本論文では,調査項目の最適尺度変換を行いつつ,同時に一次元性のある項目だけを選び出す方法であるUNISCALを提案する.UNISCALの基本的な考え方は土屋(1996)で提案した.これを改良したUNISCALの特徴は,(1)項目を選び出す機能を持つパラメタ alpha を4種類用意し,様々な性質のデータセットに対応できること,(2)パラメタ k の値を変えることで選び出す項目の一次元性の程度を調整できること,(3)欠損値を含むデータセットに対応できること,である.人工データを使って数量化?類とUNISCALの結果を比較し,UNISCALの持つ特徴を説明する.また「日本人の国民性」第10次全国調査データに対しUNISCALを適用した結果を示す.

キーワード:UNISCAL,日本人の国民性調査,一次元尺度,数量化III類,等質性分析.


第48巻第1号147‐178(2000)  特集「統計的日本人研究の半世紀」  [研究ノート]

近年5回の国民性調査の標本設計と標本精度について

統計数理研究所 前田忠彦・中村 隆

要旨

日本人の国民性調査近年5回(第6次〜第10次)の全国調査について,標本設計を説明した上で,二つの観点から標本精度に関する基本的な資料を提示した.一つは標本の性・年齢構成であり,もう一つは標準誤差の大きさである.標本の性・年齢構成の検討では,計画標本と回収標本の両方について,日本人母集団の性・年齢構成との比較を行い,標本構成の偏りが結果数値に与える影響を評価するために,性・年齢で事後層別をした標本の重み付き集計と単純集計の差を吟味した.主たる知見は次の通りである.1)回収標本では計画標本に比べて母集団の性・年齢構成からの乖離が大きくなり,近年2回の調査で特に大きい,2)重み付き集計と単純集計の差は多くの場合に1%未満であり,単純集計数値が受けた影響は概して小さいと言える.ただしその差は第10次調査で大きい.差が大きくなる項目は,複数の調査間で一致している.標準誤差の検討では,各年次の標本設計が層化確率比例復元2段無作為抽出であると仮定して母比率の推定量とその標準誤差を計算し,以下の知見を得た.3)標本サイズが小さいので第10次調査では標準誤差が他の調査年次より大きめである.4)単純無作為抽出の場合に対する標準誤差の倍率は,第6次と第7次では1.1〜1.2倍,第8次と第9次では,1.2〜1.3倍である.第10次は後者のグループに近い.5)比率推定量の単純集計との差は,回収率が低いほど大きくなる傾向がある.

キーワード:日本人の国民性調査,層化2段無作為抽出法,標本誤差,推定量の分散,標準誤差の倍率,バイアス.


第48巻第1号197‐212(2000)  [原著論文]

重み付き最尤推定量の情報量規準を用いた
能動学習アルゴリズムの提案

総合研究大学院大学 金森敬文
統計数理研究所 下平英寿

要旨

システムの入力と出力とのあいだに成立する条件付き確率分布を,入力分布を適切に選択することにより,学習データから推定する問題を議論する.観測者がシステムへの入力を選択できるような推定方式を能動学習という.本論文では,学習をおこなうときに設定したモデルは,一般には間違っているという現実的な仮定を採用する.モデルが間違っているときに能動学習をおこなうと,最尤推定量は一般に一致性をもたず,O (1)の大きさで,Kullback‐Leibler divergenceの意味で最適なパラメータからずれてしまう.そこで,最適パラメータへの一致性を回復するために,適切な重み関数を用いた重み付き最尤推定量を採用して,能動学習アルゴリズムを構成する.つぎに,学習データ数が有限個という状況では,一致性が保証された重み付き最尤推定量よりも良い推定量が存在することを指摘する.これを考慮して,情報量規準を用いて適切な推定量を選択するというアルゴリズムを提案する.また,簡単な数値実験をおこない,提案したアルゴリズムの有効性について考察する.

キーワード:能動学習,重み付き最尤推定,情報量規準, 統計的漸近論,リスク.


第48巻第1号213‐227(2000)  [原著論文]

マクロ経済指標値の公表が外国為替市場に与える影響

一橋大学大学院 桑名陽一
長崎大学 須齋正幸
統計数理研究所 川崎能典

要旨

本稿では円・ドルレートの高頻度観測データを用い,従来の研究で主流であったボラティリティのみに着目するやり方とは異なり,為替レートの変動と,単位クォート数を達成するまでの平均時間という二つの情報をもとに,市場参加者にタイミングが予め知られている経済指標の公表が外国為替市場に与える効果を分析する.分析方法として,指標公表のある日とない日に大別した上で,公表時刻直後から特定のクォート数が達成されるまでの局所的な区間に注目し,その区間内でボラティリティと平均クォート間隔の同時分布の統計モデリングを行い,尤度比検定統計量を構成する.分析結果が示すところでは,ほとんどの経済指標の公表で,収益・ボラティリティの面から見てもクォートの平均間隔から見ても,円ドル市場に開示効果が認められた.一方,物価指標に関しては,収益・ボラティリティには開示効果は認めらないという点では先行研究に沿った結果が得られたが,クォートの平均間隔で見れば市場は反応を示していることが明らかとなった.

キーワード:高頻度観測データ,外国為替市場,マイクロストラクチャー,ボラティリティ,クォート,尤度比検定.


第48巻第1号229‐251(2000) [原著論文]

予測個体数の期待値に基づく個票データのリスク評価

岡山商科大学 佐井至道

要旨

標本調査によって得られた個票データを公開する際には,プライバシーの侵害の度合いとして標本でも母集団でも一意,すなわちキー変数の組み合わせが他のすべての個体と異なる個体数を指標として用いるのが一般的である.しかし一意以外の個体についてもその程度は低くなるものの危険性をもっていることから,それらを考慮に入れた,より総合的な指標が必要であると考えられる.本論文では,第三者がキー変数を用いて個票データのすべての個体について予測を行うことを仮定した場合に予測される個体数の期待値を指標として提案し,その性質について議論を行う.その際,超母集団モデルとしてポアソンガンマモデルを用いた場合の,期待値とパラメータとの関係などの性質について検討を行う.また,この指標を含むような一般的な指標への拡張も考える.

個票データの開示によってある個体のセンシティブ変数のカテゴリーが第三者にとってある程度予測しやすくなることを予測漏洩と呼ぶが,本論文ではその概念を取り入れ,あるセンシティブ変数のカテゴリーが予測される個体数の期待値の性質についても議論する.センシティブ変数には超母集団モデルとして多項分布を用いたモデルや多項ディリクレモデルを用いることにする. 更に個票データに対して提案した手法を適用して,その有用性をみるとともに,実用上の問題点とその対処方法を探ることにする.

キーワード:個票データ,キー変数,センシティブ変数,予測漏洩,ポアソンガンマモデル,多項ディリクレモデル.