第46巻第1号3-20(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究詳解]

健診データ処理システムの構築

統計数理研究所 駒澤 勉
東邦大学 長谷川元治

要旨

我々は長年,予防医学の立場で健康を如何に計るか,臨床生理学,解剖学,医用電子と生体工学など健康科学の基礎研究の裏付けを通して,たとえば動脈硬化や心機能など非観血的無侵襲の多くの検査法を開発してきた.また,厚生省が1995年12月に「生活習慣病に着目した疾病対策の基本的方向性について意見具申」を同省公衆衛生審議会によってまとめ,従来の成人病対策が「加齢要因」に着目していたのに加えて,「生活習慣要因」にも着目して,成人病の疾病対策が本格的に動き出した.しかし,我々はそれ以前の早い時期から不定愁訴,ストレス,運動・活動力,食生活など生活習慣に根ざした健康生活調査を健診情報に加えた健診活動を実施し,健康に関する生活特性データ・べースを構築している.

この報告は,健康の予知・予防を目的に,健康に関わる検査や調査データを如何に総合的に表現する方法,および健康管理に活用する健康度「あなたのための健康メッセージ」の健診データシステムの構築に関する詳解である.内容は,多変量データ解析と計量的診断応用,それに基づく静的機能,動的機能,臓器機能,代謝機能の4つの「若さ度」としての基本的機能の総合的健康度の求め方について,我々の健診の検査システムと評価法について,健康評価の表現法について,終わりに,集団健康健診と個人健康健診の在り方について,我々の健診データ処理システムの構築に関する基本的方向性を示した.

キーワード:統計的データ処理,健診,生活習慣病,生命の質,臨床検査,健康メッセージ.


第46巻第1号21-38(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究詳解]

循環器疾患のコホート研究と統計科学

筑波大学 磯 博康・嶋本 喬・山海知子・谷川 武・大平哲也

要旨

循環器疾患のコホート研究の主な目的は脳卒中,虚血性心疾患の発症リスクに影響を及ぼす身体・生活環境要因の同定とその影響の評価にある.わが国では主として人口の移動の少ない農村地域や60歳までの追跡が容易な都市の勤務者集団等において,コホート研究が行われてきた.コホート研究を行う際,重要な点は循環器疾患の発生に関わる要因を統一した方法によって集団検診等において把握し,かつ脳卒中,虚血性心疾患の発生についても統一した方法・基準により,もれなく把握することである.また,コホート研究のサンプル数の設定も重要であり,検討する発症要因の種類によって異なる.一般に脳卒中に関して血圧値等の身体所見を検討する際にはサンプル数は人年で,数千で十分であるが,アルコール摂取,喫煙,身体活動,栄養摂取といった生活習慣に関しては相対危険度が比較的低く,かつ再現性の問題もあり,より大きなサンプル数を必要とする.特に栄養摂取と循環器疾患の関連の分析ではサンプル数は1万人年以上必要となる場合がある.

身体・生活環境要因と循環器疾患発生との関連の分析は関連要因が複数存在することが多いため,多変量解析の手法を用い,相対危険度を算出するのが一般的である.その際,発生要因の調査におけるバラツキからregression dilution biasが生じるため,そのbiasを調整して相対危険度を評価する場合もある.

あるコホート研究において,疾病の発症との関連が認められても,その要因が疾病の原因であるか否か(因果関係)の保証は必ずしもできない.因果関係の立証にはコホート研究の成績が他の集団,研究者の研究によっても認められること(consistency),生物学的な説明が可能なこと(biological plausibility)などの条件が必要となる.

キーワード:コホート研究,循環器疾患,統計科学,危険因子,サンプル数,ライフスタイル.


第46巻第1号39-64(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [原著論文]

生活習慣尺度の信頼性と因子構造の検討

統計数理研究所 高木廣文
大学入試センター 柳井晴夫

要旨

我々はこれまで多様な生活習慣を測定するための質問紙を開発してきた.旧尺度では各8項目であったものを6項目へと減少させた影響を検討するために,22尺度の性別得点分布の検討,信頼性係数の旧版との比較,因子分析による生活習慣尺度の共通因子の抽出と旧版との比較を行った.最後に,各共通因子を代表する2尺度の12項目を用いた場合の信頼性係数を求め,対象者へのフィードバックに用いる総合尺度としての信頼性を検討した.資料には,1994〜1996年に収集した男28,304名,女35,033名,不明2,259名,計65,596名のデータを用いた.

尺度得点の分布は,多くの尺度で一峰性左右対称に近かった.しかし,運動実施,男の料理への進取性の各尺度では低得点側に,食事の規則性と清潔では高得点側に,それぞれ分布が極端に偏っていたが,生活習慣の実態を示すものとして,とくに問題とはならないと考えられた.

信頼性係数は心理的な尺度では比較的大きかったが,食習慣に関する尺度で小さかった.極端に信頼性係数が減少した尺度については,その項目内容の再検討が必要かもしれない.

尺度の因子構造は改定前とほぼ同様の結果が得られた.因子得点の年齢群別平均値に有意差が男女共に認められた.各因子を代表する総合尺度の信頼性係数は0.732〜0.861の範囲であり,総合尺度でも心理的な因子は信頼性が高く,実際の行動に関する因子は信頼性が低い傾向があった.これらの結果を参考に,信頼性の低い尺度に関して,項目の修正・変更などの検討を行う予定である.

キーワード:生活習慣,公衆衛生,質問紙,信頼性,因子分析.


第46巻第1号65-80(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [原著論文]

公的な意志決定に必要な証拠の程度
――堺市でのO-157食中毒事故を例に――

統計数理研究所 柳本武美

要旨

公的な意志決定に資するために曖昧な情報を評価することは,統計科学の中で重要な分野になりつつある.社会の高度組織化は公的な意志決定の役割を大きくしている.また確実と思われている証拠も,良く見ると誤差を含んだ曖昧な情報であることが多い.本稿では地方・中央行政府における公衆衛生行政に係わる施策の決定に必要な証拠について論じた.

事例研究として,堺市で発生した病原性大腸菌O-157による大型食中毒事故を取り上げた.種々の調査・研究が行われ,学校給食中に含まれたある特定の野菜が疑われた.原因追究の方法と得られたデータの評価を検討した.結論として,得られた証拠はこの野菜がおそらく関与していると公表するに充分に強い.

キーワード:証拠の程度.


第46巻第1号81-95(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究ノート]

検証的比較臨床試験の計画において考慮すべきこと
――ICH統計ガイドラインの理解のために――

東京理科大学 吉村 功

要旨

本論文では,新薬承認の基準を日欧米の3極間で共通化しようということで作られつつある「統計ガイドライン」の内容のうち,臨床試験の計画の部分について,問題になりそうなことを取り上げて議論している.焦点としている主要な問題の第一は,日本で好まれている実薬対照の採用が,一般には決して合理的なものではないことである.第二は,信頼区間方式での信頼水準と検定方式での有意水準が片側検定を採用したとき混乱しがちなことである.第三は,非劣性試験での受容すべき同等限界は,試験計画書の段階で根拠と共に明確にしておくべきことである.第四は,今回新たに導入された非劣性試験という概念は,対照が確実に薬効を持っているときのみ容認可能なことである.第五は,多施設試験が採用されたり,脱落等に関して解析対象が変更されたりしたときには,偏りが入らないように解析に注意しなければならないことである.

キーワード:統計ガイドライン,国際調和,臨床試験,仮説の検証,試験計画.


第46巻第1号97-115(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究ノート]

誰がための臨床統計?
わが国で実践された「患者の立場」からの
臨床評価の原則と統計的方法の役割

筑波大学大学院 椿 広計
国立公衆衛生院 藤田利治
元東京大学医学部 佐藤倚男

要旨

わが国の科学的な臨床試験は,1970年代初頭に医薬品評価に責任のあった臨床家が構築した臨床試験の原則に基づいて推進されてきた.すなわち,臨床試験情報の偏りの防止,使用者指向の原則とその実践,臨床試験の標準化である.こうした臨床試験の原則は多くの臨床家から受け入れられて標準的なものになったが,一方で,その一部の形式のみを借用した形骸化した臨床試験が次第に多くを占めるようになった.こうした中で,日・米・欧医薬品規制ハーモナイゼーション国際会議の下で「国際的に通用する臨床試験」が目指されて,これまでのわが国の臨床試験批判と相俟って,制御された環境下での新薬の有効性に関する「科学的」仮説検証が強調されている.本稿では,従来のわが国臨床評価の原則の意義を明確にし,最近の国際化の動向がわが国の臨床試験にどのような変質をもたらす危険があるかを指摘した.

キーワード:新薬の臨床評価,コントローラー,品質保証システム,有用性評価,多施設臨床試験.


第46巻第1号153-177(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [総合報告]

Mantel-Haenszelの方法による複数の2×2表の要約

統計数理研究所 佐藤俊哉・高木廣文
九州大学大学院 柳川 堯
統計数理研究所 柳本武美

要旨

交絡要因で層別した2×2表から関連の指標である共通オッズ比を推定する方法として,重み付き最小二乗法,Mantel-Haenszel法,最尤法,条件付き最尤法,Peto(一段階)法などが提案されている.本論文では,2種類の漸近モデルを導入し,他の方法との比較を行いながら,Mantel-Haenszelの方法を中心に共通オッズ比の推定量,信頼区間の構成について,最近の発展のまとめを行う.層別した2×J表へのMantel-Haenszelの方法の拡張,推定方程式としてのMantel-Haenszelの方法の位置づけについても議論する.

キーワード:共通オッズ比,推定関数,層別解析,Mantel-Haenszelの方法.


第46巻第1号179-192(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究詳解]

日本人の児童・生徒の体型の変化について
――文部省学校保健統計調査報告書より――

統計数理研究所 金藤浩司

要旨

本稿では,日本人の児童・学童の身長と座高の経年変化を文部省が毎年調査し発行している「学校保健統計調査報告書」に基づき解析した.取り扱ったデータは,1943年生まれから1979年生まれまでの各学年の身長と座高の平均値である.解析においては,各平均値を出生年度毎にまとめ12年間分の経年的データとして取り扱った.また,本稿で用いた解析手法は,ヒトの体格成長を非線形の成長模型を用いて表現した非線形回帰である.

はじめに,身長と座高の成長を非線形の成長模型にあてはめ男女別に解析した.次に,身長と座高から計算される座高比についても議論した.推定した成長模型中の成長母数の推定値や体格成長の思春期のスパート時の年齢等の成長の特性値は,男女とも1960年付近で傾向が変化することが捉えられた.その変化を要約すると,1960年付近までは,各推定値は,出生年度とともに比較的単調に増加や減少傾向を示している.しかし,1960年付近以降は,その変化の傾きがそれまでと異なる.また,座高比曲線を用いて日本人の平均体型を捉えると,近年,一定の曲線に近づきつつあることが分かった.

キーワード:成長模型,身長,経年データ,座高,座高比曲線.


第46巻第1号193-203(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [研究詳解]

毒性試験データの解析:
無影響量決定問題について

九州大学大学院 柳川 堯

要旨

慢性毒性をターゲットとしてラットやハムスターを用いて行われる反復投与毒性試験に焦点を当て,しかも特に反応がカテゴリカルデータとして観測される場合の無影響量(NOAEL=No Observed Adverse Effect Level)決定問題に話題を制限して,まず毒性データの統計解析になぜ従来の技法が適用できないか,適用してはならないか,をクローズアップし毒性データ解析の本質の一端を明らかにする.特に,反復投与毒性試験では試験に供される動物数は一般にごく限られた数であること,従って無影響量決定に多重性を調整する検定法を適用すると無影響量がゆゆしく過大評価されることになり,毒性や副作用の早期検出を目的とする毒性試験の原理に合致しないことを指摘する.次に,この原理を満たす方法として最近著者等が開発した(Yanagawa et al.(1997))赤池情報量規準(AIC)を用いる新しい技法について述べ,最後に,SAS(SAS Institute Inc.)のPROC MULTTESTでFisherの直接法(片側検定)を多重性調整したresampling技法と新しい技法を実際のデータに適用し,実証的吟味を行う.その結果,新しい技法が毒性試験の原理を満たす方法である事が示唆される.

キーワード:AIC,Dunnett型検定,反復投与毒性試験,MULTTEST,多重比較,用量・反応関係.


第46巻第1号205-225(1998)  特集「ヘルスサイエンスと統計科学」  [原著論文]

超多項変動を持つデータの解析

大分大学 越智義道

要旨

この論文では超多項変動をもつカテゴリカルデータの回帰分析について考える.反応カテゴリについては順序をもつ場合も含む.

まず,多項分布における反応確率に関する共変量効果の評価法として,多項ロジットや累積ロジットなど反応の順序性の有無や性質をもとに定義される関連性指標に関する回帰分析に着目し,その基本的な考え方を紹介する.次に,この多項分布を用いたモデル適合で超過変動が示唆される場合について,パラメトリックな分布の拡張としてディリクレ-多項分布を考え,その分布のもとでの分析法について考察する.また,ディリクレ-多項分布の平均-分散構造にのみ着目してこれと同様な分析を行う方法として,一般化推定方程式による分析法の提案を行う.

さらに,これら2通りの分析法を用いて現実のデータの分析を行い,分析法の適用可能性と特性について考察を行う.

キーワード:超過変動,多項分布,ロジスティック回帰,順序応答,GEE.


第46巻第1号227-240(1998)  [原著論文]

統計基礎差分方程式に基づく多変量離散型分布の
ノンパラメトリックな構築

統計数理研究所 土屋高宏・松縄 規

要旨

多変量離散型統計基礎モデルを,ノンパラメトリックな統計的不確定性関係およびそれからのノンパラメトリックな統計基礎方程式に基づいて,理論的に構築する.そのために,議論の基盤に,多次元離散可測空間とその上での計数測度を考える.その結果,統計基礎方程式は多次元差分方程式で与えられることが示される.更に,基礎差分方程式を和分することにより,代表的な多変量離散型分布を含む多変量統計基礎モデルを,最小不確定性分布の誘導の観点から組織的に構築できることを示す

キーワード:多変量離散型統計モデル,ノンパラメトリックな統計的不確定性関係,統計基礎差分方程式,全差分,不定全和分,最小不確定性分布.